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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)3407号 判決

原告 株式会社前田商店

被告 瀬口修三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の訴訟代理人は「被告は原告に対し金六十万円及びこれに対する昭和二十七年九月三日以降完済するまでの間年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めると述べ、

その請求の原因として、「訴外信和被服株式会社は原告に宛て金額六十万円、満期昭和二十七年九月二日、支払地及び振出地八尾市、支振場所株式会社富士銀行八尾支店、振出日同年七月四日とする約束手形一通を振出し、被告は同日右振出人のために手形保証をした。右手形を原告は株式会社兵庫銀行に、同行は株式会社大阪銀行に順次取立委任の裏書をして交付し、右大阪銀行は右満期日に支払場所で手形を呈示して支払を求めたが拒絶せられ、原告は同行から右手形の返還を受けて現に所持しているので手形保証人である被告に対し右手形金及びこれに対する右満期日の翌日である昭和二十七年九月三日以降完済を受けるまでの間手形法に定める年六分の割合による利息金の支払を求める。」と述べ、

被告の、主たる振出人の債務が時効により消滅したため手形保証債務も消滅した旨の抗弁に対し、「主たる債務が形式上存在する以上たとえ実質的には無効であつてもそれによつて手形保証が無効となるものではなく時効の中断も両者に相対的であることからもわかるように、手形保証債務は専ら手形の信用を増強する目的を有し、主たる債務とは別個独立の債務であるから、主たる債務が免除又は弁済により究極の目的を達して消滅する場合は当然消滅するけれども、手形の究極の目的に反する時効によつて主たる債務が消滅しても手形保証債務は消滅しないと解すべきである。殊に本件では主債務者である右訴外会社は多額の債務を残して夙に営業を閉鎖し形式上残存するにすぎぬものであるところ、時効中断のためわざわざ支払能力のない右訴外会社に対しても訴を提起せねばならぬとすれば訴訟経済に反するばかりでなく、権利の上に眠るものに保護を与えないにすぎない時効制度の本旨にも合致しない。仮に右の見解が容れられないとしても、原告は右手形の満期以後昭和三十一年二月十日までの間しばしば人を介し又は直接右訴外会社の代表者及び本人としての被告に対し右手形金を請求したから主たる振出人の債務及び保証債務の時効はいづれも中断せられており、従つて被告の抗弁は失当である。」と述べ、

被告の、詐欺による手形保証であるからこれを取消す旨の抗弁に対し、「その事実を否認する。原告は昭和二十七年二月十八日から同年七月十四日までの間に右訴外会社に対し代金合計百五十八万四千八十五円五十銭相当の織物を売渡し、右代金の一部支払のために同年五月十二日に金額五十万円、満期同年七月二日とする右訴外会社振出の約束手形一通の交付を受け、これを他に裏書譲渡しておいたところ、右手形が不渡となり、被裏書人から償還請求を受けたのでその代償として本件手形の交付を受け、その際もはや右訴外会社は信用できないので被告個人の手形保証を求めたものである。原告は昭和二十七年六月末日頃すでに右金額五十万円の手形を他に譲渡し、同年七月三日にはその不渡が発表せられていたのであるから、被告主張のように同月四日に本件手形を割引いて得た金で右金額五十万円の手形の不渡を防止するというような不可能なことを被告に対し約束するはずがなく、また右訴外会社は当時すでに経営が破滅に瀕し、原告に対しても右各手形以外にも多額の債務を負つており、強制執行を廻避するため会社の資産を第三者の名義に移していた状態であつたから、たとえ本件手形の割引を得たとしてもそれによつて経営を維持することは到底不可能であつた。」と述べ、

予備的請求原因として、「仮に前記手形保証債務に基く請求が認容せられないとすれば、被告は右訴外会社と共同で原告に宛て前記手形を振出したものであるから、原告はその正当な所持人として被告に対し前記同様の手形金及びこれに対する利息金の支払を求める。」と述べ、右請求に対する被告の抗弁事実を否認すると述べ、

証拠として甲第一ないし第五号証を提出し、原告代表者尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認めると述べた。

被告の訴訟代理人は主文通りの判決を求めると述べ、

本位的請求に対する答弁として、「原告主張事実のうち、原告が右訴外会社及び被告に対し本訴前に本件手形金の支払を請求したことは否認するがその他の事実は認める。」と述べ、

抗弁として、「手形保証債務は主たる債務の時効による消滅に伴い消滅すると解するのが当然であるところ、本件手形の振出人である訴外会社の手形金債務は満期日である昭和二十七年九月二日から三年を経過した昭和三十年九月二日の終了とともに時効によつてすでに消滅しており、従つて被告の手形保証債務もすでに消滅している。本訴の提起によつて被告の保証債務自体の時効は中断せられたとしても、その中断は主たる債務の時効に及ばないわけである。仮に右主張が認められないとしても、右訴外会社はかねてから原告に対し商品買掛金債務を負担しており、その支払のために昭和二十七年五月十二日に金額五十万円、満期同年七月二日とする約束手形一通を振出しており、これを満期に支払えないおそれがあつたので同年六月末日頃原告に対し支払期日の延期を申入れたところ、原告は右訴外会社のため手形を割引き不渡防止を図る意思がないのに、別に金額六十万円の手形を振出せばこれを他で割引いてやるからその取得金で右手形金を支払えばよい旨詐りの提言をし、右訴外会社は金額六十万円の約束手形を原告に宛て振出したところ、同年七月四日に原告から金融機関で割引を得るためには右訴外会社の代表取締役である被告個人の保証が必要だと云われた。そこで被告は右訴外会社の手形不渡を避けたい一念から、従来も不渡の危機を救つて貰つたこともある関係上原告の詐りの提言を誤信して更に右訴外会社振出、金額六十万円の約束手形に個人保証して原告に交付したのが本件手形である。然るに原告はその手形を割引かないで右金額五十万円の手形を不渡に陥れ、そのため右訴外会社は忽ち経営破綻を招いた次第である。要するに被告の本件手形保証は原告の詐欺によつてなされたものであるから、被告はこれを取消す。原告は右金額五十万円の手形の償還義務を負う代償として本件手形を取得した旨主張するけれども、本件手形の金額が六十万円であることからも割引を目的としたことが明かであり、取引の実際では支払期日後二日以内ならば手形金を持参して不渡発表を防止し得るのであり、原告が割引の約束を実行しておれば右訴外会社は順次資金を回収して経営の破滅を免かれ得たのである。以上いづれにせよ原告の請求は理由がない。」と述べ、原告の前記時効中断の主張事実を否認すると述べ、

原告の予備的請求に対し、「原告は本位的請求で被告は手形保証した旨主張しながら、被告の時効の抗弁に遭遇して忽ち共同振出であると主張するが、かかる主張は禁反言の原則に照らして許されない。

勿論共同振出であるとの主張事実は否認する。共同振出の場合には振出人であることを手形上に表示することを要し手形表面の単なる署名は保証とみなされるから、本件手形における被告の署名が保証人としてのものであり、共同振出人としてのものでないことは明かである。」と述、

抗弁として、「仮に手形面上は共同振出人であると認められるとしても、被告はすでに主張したように、原告から右訴外会社振出の手形に個人保証するよう求められ、これに応じて署名したのであるから、原被告間では手形保証として責任を負う旨の合意が成立しており、被告は原告に対しては共同振出人としての義務を負うものではないから原告の予備的請求も亦理由がない。」と述べ、

証拠として、乙第一号証を提出し、証人神田四郎の証言及び被告本人尋問の結果を援用し、甲第三、四号証の成立は知らないが、その他の甲各号証の成立は認めると述べた。

理由

訴外信和被服株式会社が原告に宛て金額六十万円、支払期日昭和二十七年九月二日、支払地及び振出地八尾市、支払場所株式会社富士銀行八尾支店、振出日同年七月四日とする約束手形一通を振出し、被告が右手形上に振出人のため保証し、原告が現にその手形を所持していることは当事者間に争いがない。被告は右手形における振出人の債務は昭和三十年九月二日の経過とともに時効により消滅し、それに伴い被告の手形保証債務も消滅したから原告の請求は理由がない旨抗争し、手形保証債務は主たる債務が手形要件欠缺以外の事由によつて無効でありまたは取消される等のことがあつても、そのことによつて有効に存続することを妨げられないことは勿論だけれども、主たる債務が弁済は勿論、免除または時効によつて消滅したときは手形保証債務もそれに伴つて消滅し、その限度で他の裏書人の債務等と異なる附従性を保有すると解するのが相当であり、且つ手形保証人は主たる債務の時効を援用する権利を有すると解すべきであるところ、右手形の振出人の債務につき被告主張の日の経過とともに三年の消滅時効期間が終了したことは暦算上明白である。

原告は右訴外会社の代表者としての被告に対し右手形の支払期日以後昭和三十一年二月十日までの間にしばしば右手形金の支払を催告したから時効は中断せられている旨主張するけれども、催告の時期及び催告による中断の発効要件である裁判上の請求その他の行為をしたことを主張しないので抗弁自体理由を欠くばかりでなく、手形の満期日の後右時効期間内に右訴外会社に対し右手形金の支払を催告したことを認めるに足る証拠も存在せず、かえつて原告代表者及び被告本人尋問の各結果によれば、右の催告をしなかつたことが認められる(原告代表者も結局は昭和三十年十月頃始めて催告したにすぎない旨供述している。)から、右抗弁は到底理由がなく排斥を免かれない。

そうすると被告の手形保証債務は右時効期間の終了により保証当時に遡つて消滅したこととなり原告の請求は失当としてこれを棄却すべきものである。

次に原告は予備的に、被告は右訴外会社と共同して本件手形を振出したから振出人として手形金の支払を求める旨主張し、右主張は本訴係属中になされたものであるから請求原因の予備的追加たる訴の変更に該当するところ、被告は右変更は許されない旨主張するので、その適法かどうかを判断せねばならない。

そして右変更は請求の予備的併合の要件をも具備せねばならないことは勿論であり、一般に予備的併合が許容せられるには第一次の請求の請求原因が認められないことまたは第一次の請求に対する抗弁が認められることを条件とし、その条件の成就が次順位の請求が認容せられることの論理的前提になるという関係がなければならないと解すべきである。しかるに本件では原告が右共同振出を主張した時には被告はすでに第一次の請求の請求原因たる手形保証の事実を認めて争わず、唯主債務の時効消滅に伴う手形保証債務の消滅を抗弁として主張していたのであるから、原告は右請求原因の認められないことを予備的請求の条件とすることはできないわけであり、従つて原告の予備的主張は右抗弁の認められることを条件として共同振出を主張するものと解するほかはない。しかし右抗弁と共同振出との間には前示論理的前提の関係のないことは明らかである。それ故原告の請求原因の予備的追加たる訴の変更はその要件を欠き不適法であるといわねばならないから、これを許さない。

そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 東民夫)

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